「案内人戸口つとむ自己紹介」の欄で記載したとおり、私は子供のころ全くと言って良いほど学校の勉強ができませんでした。クラスで最下位どころか学年でも病気の児童を除き最下位でした。
高校の英語の先生は「戸口は、将来は土方かタクシー運転手だから英語はいらないから勉強しなくて良い」と嫌味を言われ嫌な思いをしたこともありました。
今は、誰もこのことを信じてくれませんが、事実なのです。なぜなら、今は、大学と大学院で教鞭を16年間とり、書籍も執筆し、学術団体である多くの学会の会長、理事長を務めてきたからです。さらに、今も現役なのです。子供のころの優秀だった友達のほとんどは引退し何もせずに年金暮らしをしているのです。私は、人生の幕を閉じるまで社会貢献をしたいと願い、中曽根康弘元首相の句「くれてなお 命の限り 蝉しぐれ」を真似て最後まで生き抜きたいと思うのです。
子どもの頃の成績は、大人になってからの実力とは全くの別なことと理解して下さい。
しかし、学歴社会で、有名大学を出た方が良いと考え成績の良い友達を羨ましくも思うでしょうが、今に見ていろと思ってください。成績が悪く周りから見下げられていると思うと辛いでしょうが、それも訓練だと思うのです。辛い訓練を乗り越えれば必ず先が開けると信じるのです。そして、小さなことにに幸せを感じられる自分になって下さい。
幸せは、お金や学業成績では求められません。色々な経験をして小さなことで幸せを感じられる自分になって下さい。
国立大学を卒業し、エリートで銀行に進んで政治家になった人は、人を見下し、収入で人の能力が計れると馬鹿なことも言うのです。人の悲しさ、辛さ、痛みは分からないと思うのです。他人の悲しさ、痛みが分かる人になって下さい。いや、今の経験をすれば成れると思うのです。
私は、冷たいエリートなんかじゃないと思って下さい。
しかも、世の中に似ている人はいても同じ人はいません。世界に一人しかいない自分で有り、大切な存在だと気づいて下さい。
私の子どもは、中学校の時にいじめを受けて登校拒否になりました。「学校に行けない」と泣く子供に対して「学校は行きたくなければ行かなくて良いよ。ただ、パパと約束をして欲しい。学校へ行かない自分を責めないで欲しい。」と。子供を抱きしめて一緒に泣いた思い出があります。
そして子供は、中学に通っていないので内申書がもらえずに定時制高校に進み、ヤンキー達に勉強を教えて卒業し、昭和音楽大学声楽科に進み、現在は保育士と幼稚園教諭1種等を取得し、学童の指導員をしながら時々コンサートで歌っているのです。
今は、学校に通わせなくて良かったと本当に思うのです。
ですから、勉強ができなくても学校に通えなくても自分を責めないことです。私の人生は先がないですが、若い児童は先が長いのです。いくらでも先へ行って挽回できるのです。
そして、ご自分のできること、楽しいことを探してください。必ず社会のため、人のために役に立つことが見つかります。どんな小さなことでも良いのです。それが生きる証になります。